JIMA-DON

ニシジマオさん(自称日曜音楽家)の日常と散文駄文

不惑の近況(2)

 (前日の続き)
 16日はカットさん40周年記念イベント「マチネーからソワレへ」。

 カットさんとは大耳ネットワークの族長。
 多くの福岡アングラ表現者が「あそこは宗教だ」と恐れをなしている場所。
 元を糺せば劇団が起点にあるので、集団的にはどうしてもファミリー指向が続いているのがそうさせてるのでしょう。それを知ったらなんてことない集団なんですけどね。
 自分はあそこに関わるスタンスは「野良猫の帰る場所」です。
 宇宙で方向性を見失ったときなんかには通いつめました。もちろん、今からもひょっとしたら機会があると思うのですが。

 そうそうたる面子によるライブで、とんちピクルス、幻一郎、はら☆わた、火の馬、オンゴロと凄い面子が揃っていたのですが、火の馬枠のほかに宇宙サービスも…とは思えど一日前にライブだし、てなわけでソロでギターを抱えてやってきました。

1 なななななんともない(ギター弾き語り)
2 (新曲)日本経済危機のうた
3 専業農家のうた
4 ベストカメラ(ギター弾き語り・倉地久美夫カバー)
5 兼業農家のうた
6 嫁

 まあ6曲もやってる風ですが実質3曲。ともかくなんともないとベストカメラが素晴らしかった。
 自画自賛、つーより自分でわかる、声の伸びがちょっとハンパねえぞ、って日。
 ギターを真面目に教わったのはカットさんとこだった気がします。
 半分以上は独学だけど。いろんな事を思い出したりもしました。

 そういえば倉地久美夫さんはお会いしたのは大耳です。
 「大耳の大先輩」として噂を何度もきいていた人でありました。

 「倉地課長の非凡な日常」(だったっけ?)の取材で、倉地さんがやってきたのでした。
 大耳のセッション中は自分は結構とがった事をしがちです。
 果敢にも「大先輩だか知らないが、今は俺の分野だわい」くらいの勢いで、即興ボイスでアタックを何度もかけた記憶があります。ええ、厄介な若造なんです。
 大耳のセッションの場面は殆ど使われてなかったと聞きます。まあ15分の尺に納める訳だししょうがないんだろうけど、自分にインタビューとかされたんだけどなあ、おっかしいなあ。倉地さんも、「あれ、何で使われなかったんでしょうねえ」というくらい。

 会場に倉地さんの姿は見えませんでした。
 「代わりに俺が」、じゃないけどさ。ギターのレパートリーあんまないから、「ベストカメラ」やったんだけどさ。
 大耳チルドレンだから、やっぱ似ちゃうのかねえ。
 倉地さんカバーが本人に迫ってた、なんてこの日出演していた久松ホキトさんからの感想を頂いて、そう思わざるを得なかった。

 この日はまあ、内輪のパーティーみたいな感覚で楽しかった。
 というか、まさに同窓会の現況報告。
 この日手応えを感じたものは、ちゃんとまたどっか別の場所で見せなければと思う。
 それをして、このイベントの意義が果たされると感じる。

***

 そうそうこの日はライブ前に、福岡天神ツタヤのイベントに顔出し。
 地元インディーズコーナー創設イベント。画期的だと思う。
 VOTTONESはCD−Rで納品してる!その時点で快挙!!
 椎葉ユウさんに挨拶しておきたかったのでした。椎葉さんの番組のスポンサーの社長、高校のときの同級生なのよ。
 きゃつ、もう早速椎葉さんとボギー氏と食事の約束してるって話を聞いて、流石って思ったわ。

 イベント中「CDの売込みをしてくれたバンドマンの皆さんも・・・」なんて話に矢も盾もいられず、イベント中の退席時に直接CDを手渡す果敢な行動に出るもめっちゃ恥ずかしくなってしまって、しばらくバス待ちのバス停でパニックになった自分を抑えてました。
 あのあと俺のいないなかツタヤ天神店で「ニートかぞえうた」が大音量でかかったそうな。してやったり!!