JIMA-DON

ニシジマオさん(自称日曜音楽家)の日常と散文駄文

カミさんに怒られた日

 思い出せば最期の半年は辛かった。
 カミさんの体が、心が、ばらばらになっていく。そんな思いをした。

 2Kの部屋に住んでいる。お互いが一部屋づつ。テレビのあるカミさんの部屋からはいつも笑い声がこだましたり、ソシャゲの音がしたり。でも、その合間に咳の声を聞くことが多くなった。
 主治医からカミさんに内緒で訊いた見立てだったのだが、肝臓に出来た腫瘍が、横隔膜を刺激していたのだという。なので、ものを食べると必ずそれが起きた。最初は軽い咳ですんでいたが、腫瘍が大きくなるにつれてそれはどんどんと大きくなっていった。
 抗がん剤の投与も進まなかった。今年の夏は何せ暑かった。なので、放射線治療と一緒に入院を4週間したのだが、彼女は病院食を受け付けないと頑として与えられたものを食べなかった。そして肝心の投与の前日、差し入れでもらったというぶどうの古くなったのを食べて当たり、投与計画が一回パー。どこまで持っていなかったんだろう。

 無論だけど、自分の心もずたずたであった。はっきり言って超現実主義で考えればこの闘病はばかげている。カミさんが居なくなる恐怖と引き換えに、自分は自分の人生をめちゃくちゃにした。失った仕事。借金。いろんな物を投げ打ってただこの壮絶な終末を必死に見届けたに過ぎない。
 けれど逃げられなかった理由なんて本当にシンプルで、カミさんが好きで愛していたからなのだった。

 カミさんが亡くなるちょっと前。階下の住人からあいてるとき原付を貸してもらっている。持ち主自体少々の傷がついても気にしない人であちこち痛んでいるバイクなのだが、お見舞いに行く途中大雨でスリップして自爆してしまった。しかし横転した割には雨のおかげかすり傷程度とほぼ無傷で部品も外れず、ライトも割れず切れず。しかし自分が無傷じゃないぞこれは。ひざから出血。立てない。

 しかし場所はなんと嫁の病院のまん前。バイクを自走させて置き場に停めて。結局病院で足を診てもらうことにした。ゲー、保険証忘れとる!!色々がっくりしながらほうほうのていで診察終わってカミさんの病室へ。カミさんにものすごく泣かれた。

 「私がこんな状態のときにあなたが何かあったらどうするの!!こんな大雨で!!無理しなくて来なくていいのに!!助かってよかった!!」

 むちゃくちゃ怒られた。もうこれは申し開きのしようがない。しかもカミさん自体の生死のほうが大切な時期に心配をかけるとは。もう借りて乗るのは止めよう、と心に誓う。うん、やめよう。

 しかし、後続車に轢かれなくて本当によかった。足のほうは、レントゲン撮って骨に異常がないとわかった途端立てるようになった。現金なものだ。どうも打ち身の類と診断されたし現に今普通に歩けて帰っている。結局大雨の中その原付で病院から家まで帰ったが、これが最後の運転になるだろう。貸し主の厚意にいつまでも甘えるわけにはいかんな、これは。警告と受け取ることにした。というか、あんなにタイヤ滑るのに持ち主に整備放置されてんだもん。ほかにも何箇所も放置されてる整備不良箇所多数。なにより燃料メーター系が壊れたまま放置されているくらいだ。…怖いよ!!不思議なもんでその下の住人もいつも乗ってるから、また怖い…。その擦り傷も何事もなかったかのように毎日バイクがなくなっている。「走れば、いい」みたいだから。不思議だ…。

 まあ、カミさんにとっては旦那が先に死んでどうする、で泣くくらいだったという事がわかっただけでも俺はうれしい。別れられる、と呆れられてなかったというのは凄いことではないのか?

 結局、それがカミさんに最後に怒られた日ということになった。まあ、間違いなく最後まで枯れた境地に立つこともなく愛し合っていたということなんだろう。