JIMA-DON

ニシジマオさん(自称日曜音楽家)の日常と散文駄文

永遠の反抗期娘

 カミさんは間違いなく「永遠の反抗期娘」だった。とにかく、実家に帰りたがらなかったし、今年の夏場はクーラーと介護ベッドのある実家で療養してはという提案も
 「干渉されるのが嫌」
 と拒否を続けた。実際向こうの実家の方々とカミさんの印象を尋ねると明らかに食い違っている。
 はっきり言えばおれの前で見せたカミさんの本性は明らかに肉食獣だった。実家に帰れば本当に猫をかぶっていた。わが家に帰っていたときのほうがより天衣無縫で天真爛漫で。日常会話でピロートークも出来るような人だった。

 不思議な子だった。心を開いた途端、変な口癖を次々に開発したり。ふたりでしかわからないような会話のルールを次々作ったり。
 だから、実家の親のいうカミさんは断言できるけれど、本当のカミさんじゃあないと思う。巣立ったカミさんは本当に世間のルールには無頓着で自由奔放で、それでいて理知的だった。そして何より感情のままに生きていた。ゆえにとても気難しかった。
 彼女の写真を撮るのも一苦労だった。もう、とにかくまともに写ろうとしない。変顔がほとんどだった。照れ隠しなんだろうけれど。
 一辺萩本欽一みたいな表情をしたので「欽ちゃんみたいな顔しないの!」と言ったら別の変顔。
 「銅ちゃんみたいな顔しないの!」また別の変顔。
 「ニッケルちゃんみたいな顔しないの!」その後「カドミウムちゃん」「ベリリウムちゃん」などが誕生した。2〜3年くらい、一時期はすべての変顔に名前が割り振られていた時代があった。かろうじて覚えているのは満願の笑顔が「ニッケルちゃん」だったこと、オウム真理教事件が途中であったので「アセトニトリルちゃん」という不謹慎なものがあったのを覚えている。斯様にして二人の会話は意味不明を極めた。

 ふたりの会話は本当に意味不明だ、といろんな人々に言われた。行きつけの店、一緒に入ったバイト、いかなる場所で。この世の中に迎合することを反抗するように。ぼくらふたりだけの世界に閉じ込めてしまうように。そのとき気に入ったテレビや漫画、音楽、映画、あらゆるものを閉じ込めてふたりだけの会話に没入し続けた23年間。そして彼女はずっとこのふたりきりの世界には誰も入ってきて欲しくなかったのだと思う。出来れば、それを受け継ぐものが出来ればと切望した時期もあったのだが、残酷なことに5年8ヶ月前の病気がその可能性を断ち切ってしまった。

 嫁実家の母に「彼女は、反抗期が終わっていないのですよ」と告げたことがある。教育心理を学んでいるから、見立ては間違っていないと思う。でなければ、実家の印象とおれと一緒に居たときの印象にあれだけ食い違いが出るとは思えない。自分はとある出来事で反抗期を終わらせてしまった自覚があるのだが、彼女はとうとうそれを終わらせることは出来なかったかに思える。その是非に関しておれは実際のところ間違っている間違っていないの判断は出来かねる。かみさんに「君はまだ反抗期だなあ」と告げたこともあるし。
 何より亡くなる今わの際、それを続けることをよしとした自分だけに彼女は「今まで本当にありがとう!」と叫んで、以後親族が集まって看取られる結果になったがそれから一切言葉を発しなくなったのだから。

 さて、カミさんの写真画像整理をしたのだが本当に変顔だらけで困っている。この顔を見てどうリアクションしろと。まあ、実にカミさんらしいといえばらしい。動画に到っては撮らせてもくれなかった。反抗の対象は、おれにまで及んでいたような気がする。