JIMA-DON

ニシジマオさん(自称日曜音楽家)の日常と散文駄文

人生初めての「政治活動」

 くだらない昔話です。

 小学校の頃芋ほりがありました。ぼくは2年くらいだったかな。
 1〜6年で班分けして芋掘りをしました。見たこともないような男子たち。当時はツッパリヤンキーブームで、それに影響されたような子が何人か混じっていたのを覚えています。
 また、いわゆる新興開発住宅ブームで田んぼを潰した出来た土地にオヤジが実家を建てました。
 今思い出せば土地成金の子、またそこを家主にする借家の子がこぞって素行不良になってたなあ。まー、そんな時代です。今もあまり変わらないんじゃないのかな。

 収穫された芋を分ける時に、当然分配の問題が出ます。
 素行の悪そうな上級生が「よし、まず俺からとる。年上やけん当たり前やろ」
 でかい芋がどんどん消えて行きました。
 彼らの脳内にあったのは「年功序列」であり原始的な「弱肉強食」の理論です。「弱者」からの反撃など頭にはなかったでしょう。
 そうやって行くうちにもちろんぼくらには小芋だけしか残っていきません。
 1年生の女の子が泣き出して、先生に不満を訴えました。そしてそれを自分も加勢しました。
 「上級生から取るって決まったら大きいものが下に回らなくなるじゃないですか」
 みたいな事を言ったような記憶があります。

 先生は上級生をきつく叱りつけました。
 上級生は何が起きたかわかって居なかったようです。ひょっとしてそれが、「反権力」への目覚めになった子もいるかもしれない。不満げな顔で懐にした大きな芋を、元あった場所に戻させられました。

 芋は平等に分けられました。

 子供心にぼくは「これが『政治』であり『民主主義』の必要性というやつか」と目覚めました。うちは当時親戚から「赤旗」日曜版が送られてくるような家庭でした。あれ、子供用の読み物コーナーが充実してて楽しかったのを覚えています。

 歳を取り、社会に出て、世の中にあのときの「先生」はなかなかいない事を知ることになります。素行の悪い上級生みたいな連中ばかりが生き残り、むしろそちらが正しさとしてまかり通っていることも。

 あの時に上級生から感じたオーラを忘れていません。
 「権力を理不尽に略奪された」から目覚めた反権力。
 一方で自分も「反権力」に目覚めていることに気付きました。
 「強者のもつ理不尽な権力への抵抗」から目覚めた反権力。

***

 昨日は沢山の「反権力」の言葉で溢れた日だったよう。
 営業、買い物、遠出、疲れて睡眠で終わった日でした。
 きっと見なかったほうが良かったのでしょう。