JIMA-DON

ニシジマオさん(自称日曜音楽家)の日常と散文駄文

悲しいことなんてない

 嫁と一緒にとある友人の家に行った。
 いや、友人ほどではない、そんな事言ったら差し出がましい間柄の人。
 その人の嫁に癌が見つかった。
 いろんな流れで、ぼくら夫婦の体験談を聞かせて欲しいとのことだった。

 応対してきた彼の嫁さんの顔は、明らかに灰色の何かが張り付いていた。
 スピリチュアルな、変な表現かもしれない。だが、自分の目には明らかにそれが映った。

 その人はミュージシャンで、嫁もぼくもその人のことが好きだった。ファンであった。
 人見知りの嫁にとって、体験談を話すということは苦痛かもしれないな、と思っていたが。それが幸いしたのか、最初から打ち解けていた。気付いたら猫が、嫁の膝の上で丸まって寝ていた。
 体験談よりも、心の持ちようの話をいっぱいした。

 嫁の病に対する気の持ちようは、果てしなく強い。そして明るい。
 嫁と「おめはバカだから無駄に明るくいれられるんじゃ」「バカとは何だ!!」なんて会話をよく交わす。
 ぼくは知っている。本当は嫁が強いのだということを。
 大震災のあった時。ニュースに怯える自分に向かって、
 「自分も怖いさ。だけど、死んどるんやったらあんとき死んどるくさ」
 そう呟いていた。

 深刻な話よりも、現実的な体験談よりも。
 彼ら親子とぼくら夫婦は、楽しい話に終始した。嫁のその心の持ちように、皆で感謝しながら。
 あっという間に時間が過ぎてしまった。

 帰り際ふと、彼の嫁さんの顔を見た。灰色の何かが消えて、幾分か明るくなっていた。
 うちの嫁に握手を求めてくれた。
 そういえば、ぼくらには「家族づきあい」をする友人がいなかったんじゃないか、とふと気がついた。

 ぼくら夫婦に初めて、そんな友人ができたのかもしれない。
 どう思い出しても、5人と2匹で明るい話をした記憶の方が強い。
 嫁と、帰り道晴れやかな気持ちでいっぱいだった。
 「気が休まったかなあ、助けになったかなあ」
 って、何度も話した。

 あとは、奥様の無事を強く、強く祈るばかりです。
 新しく出来た、友人と呼べる人の大事な奥様の無事を。