笑っただけ
休日出勤前に親父の見舞いに行く。
かなり一時は絶望的な病状だったので、もう行ったとしてもどうしようもないと思っていた。
病室は、外からでも分かるようにしてるのだろう、人工呼吸器の音が響き。中に入って、おそらく眠っているか、虚空を見つめるだけかの親父に声を掛け、仕事に向うつもりだった。
親父は、目をのぞきこんだ俺を見据え、おそらく精一杯の力で笑いかけた。
先日危篤だったあの日、さんざっぱら講釈を医者からうけた心拍数が、馬鹿みたいに上がった。警告音のなか、
「ばか、落ち着け」
と俺は告げた。
笑っただけで、なんであんなに泣けたんだろう。落ち着くべきは、おれのほうだった。
親父は今、声が出せない。その声にならない言葉をたくさん受け取り、仕事に向った。よかった、親父はいてくれていた。