JIMA-DON

ニシジマオさん(自称日曜音楽家)の日常と散文駄文

川原泉雑学

 今聴いてます。

 最近自分のバンドを忘れないように音源作っておこうといろんなことに着手しているのですが、ヤバイです。すぐ影響されちゃうから、こんなの聴いちゃったら。

 どんだけtheジャイアント〜アキメフライの流れが神!!

 凄いなー、あの時やりかけた実験をちゃんと結実してるんだー、と感心することばかり。自分も昔の作品を聴こうかなあ。もう、嫌々、涙目で。

 QMA関連で嫁が質問してきたのをきっかけに、ノーベル賞の受賞者一覧を見ていました。
 1906年ノーベル化学賞、モアッサン。

 「笑う大天使」という漫画で、この人に一票差で敗れノーベル賞を逃したという、メンデレーフの話が出てくる。メンデレーフというのは中学の理科でも出てくる、あの周期表を作った人です。

 この人は当時多くの元素がまだ発見されていないにもかかわらず、一つ一つの元素そのものの特性から周期を特定し、大胆にも周期表の部分に空白を想定し「見つかるであろう未知の元素」をそこにあてはめたという。こうした彼の偉大な功績により、今使っている周期表の基礎が出来上がったのだった。…しかしその功績からノーベル賞にノミネートされたその俊、わずか一票差で彼は涙を飲んだのであった…。
 和音「…モアッサンなんて科学者聞いたことねーよな」
 柚子「その翌年彼は死んでいるのだな」

 漫画はこんな感じで会話が進む。ちなみに脳内で再生したのを記述したので齟齬があっても気にしちゃだめ。
 で、もうこの漫画を読んで何年経ったかしらないが。今更気分でモアッサンのことを調べてみました。

 (以下引用・要約)
 フッ素の研究と分離およびモアッサン電気炉の製作の業績によりノーベル化学賞を受賞した。フッ素は1771年のカール・シェーレ以来、その化合物の存在は知られていたものの、ガラスや貴金属とも反応してしまうほどの強い活性を持ち、毒性も強い元素であるため、単離(純粋なフッ素の単体を取出すこと)が極めて困難であった。多くの化学者が単離に挑戦して失敗した。モアッサンも実験中に片目を失明したが、1886年6月、フッ素化合物を電気分解し、フッ化カルシウム(蛍石)の容器を捕集に使うなどすることにより、ついにフッ素の初単離に成功した。
 (引用終わり)

 …なるほど。
 この年のノーベル賞の決選投票は
 ・過去から積み上げてきた化学と人類の血みどろの格闘の上に立つモアッサン
 ・未来に希望を開く斬新な理論を導き出し、実証していったメンデレーエフ
 この2択だったわけだ。うわあ、こりゃあ迷うよなあ。

 もちろん未来に生きるわれわれは、そっから先にさらに成果が積み重なっていったメンデレーエフの功績のほうに軍配を挙げたくなるのは仕方がないのですが、ひょっとしたらその時代の人々すらこのモアッサンの1票差に迫る得票をさせた、と考えるのが妥当なのかもしれません。
 今年の日本人ノーベル賞の話にもなかなか通じる話ですな。あちらは30年かかったんでしたっけ。どれだけ未来に残る功績かを判断するのは難しいなんてもんじゃない。

 ちなみにこのモアッサンも、翌年急死しているのには驚き。wikiで調べるとわかりますが、へなちょこなエピソードもあって面白いです。