JIMA-DON

ニシジマオさん(自称日曜音楽家)の日常と散文駄文

この中で仲間はずれは誰?

 昨日ラウンドワンという格安設定の店でQMAをやっていた。

 横に座ったやたらとうるさそうな大学生風情が3人、いきなり問答無用で百円玉を何枚もじゃぶじゃぶ入れ始めた。勿論混む店だが、並んでいようがここは俺の台だ、誰にも触れさせんといわんばかりの示威行為にまず軽くどん引き。
 「俺、カンストなんだよねー」
 彼ら、いきなりマニアックなプレイヤー用語をデカイ声で叫び散らしながら、おおよそそのゲーム中の肩書きと釣り合わない、下位リーグでプレイスタート。
 一喜一憂、バカ騒ぎと一大スペクタクル繰り広げるを耳を澄ましてよく聞いていると、こんな問題が出ていた。

 「夜明け前」「破戒」を書いた作家は?

 「あーこれ、あれだろふじむら」「しまざきふじむら」「よし!」「とうそんじゃね?」

 自分は何を思うべきか(一問多答)。
 1「クイズをやる前に学ぶ物がいっぱいあるだろ」
 2「・・・さなだゆきむら?」
 3「・・・後ろ並んでるぞバカ」
 4「ゲームに遊ばれてんじゃねえ」

 「とうそんじゃね?」のあと、彼らの間に気まずい空気が流れた瞬間を、自分は見逃さなかった。

 金曜日は会社の飲み(行かなきゃいいのに不可避イベント)。
 日曜日は総決起。
 総決起は個人的事情で不完全燃焼でした。モノラルセンス以降を見損ねたんでな・・・。

 週末は結局、疎外感ばかりが募り続けました。
 自分に足りない物はアレか、アレだなあ。
 励んでいたことが、こんな結果になってしまったのなら。それは無駄なことにかまけていた、ということにならないか?自分のためにはなっていないんじゃないのか?
 会社の飲みでの不愉快なことを思い出して、また総決起での熱演(やっぱりのうしんとうは素晴らしかった)を見てそう感じて無力感にうちひしがれて。

 帰りがけにQMAやってたら、「無能の人」のエフェが出題されました。完璧ブルーだ。ゲームなんてやってる場合じゃない、と諭されているようだった。

 昨日寝る前、サラリーマン語講座なんてのをやっていた。
 「自分、体育会系ですから」といえば何でも許される、みたいなのを観て、また金曜を思い出して吐き気がした。