最近のドンの字の名言
ミクシィなどネット上の人間関係、情報の行き来は信頼性が薄く感情がないといわれます。
現実の信頼感たっぷりで感情性溢れる人間関係とはこうじゃないかと思うわけですよ。
薄汚い雑居ビルの一室。サビの目立つネズミ色の鉄製のドアが、「ぎぃ」と嫌な音を立てて開き、その音が残響になって日のあたらないコンクリートの廊下中に響く。
雑然としたオフィスといった風情の部屋の中で、パソコンに向かっているくたびれきった、国籍不明風の男は突然の来訪者にぶっきらぼうな「どなた?」という応対の声を上げたが、その来訪者の顔を見たとたんにまず大きく目を見開き、表情はほころんだ。
来訪者の、高価そうなスーツに身を包み、ポマードでがっちりとオールバックに髪を固めた強面の男が叫んだ。
「おう!ワレ、生きとったんかい。オレオレ詐欺とかアレが言われとった頃が懐かしいのうワレ」
「うるさいアル、あのときの不始末をかぶった兄貴の恩は忘れないアル」
感極まって、二人で熱い抱擁、そして涙。嗚咽が漏れた。
***
コーヒーの匂いが事務所中に漂い、二人はパソコンのモニターを前にして、30分ほど「失った指のファントムペイン」についての話で盛り上がっていたが、不意にモニターを見てポマードの男が言った。
「まだワンクリック詐欺なんかやっとるやんけワレ。宣伝はどうしとるんかいワレ。」
「掲示板にコメントスパムアル」
モニタの真ん中にはちょうど、どこぞで仕入れてきた「掲示板同時書き込みソフト」が絶賛起動中。収集した膨大な数のURLを登録し、ボタン一発でコメントスパムが出来る優れものだ。
「コメントスパムも対策されとるでワレ。それに掲示板とかブログいうても、もうやられすぎて最近はみんな警戒しとるでェワレ」
コーヒーを一旦手にし、ポマードの男が続ける。
「世の中にミクシィっつーもんがあるんじゃワレ。アレはどうなんかいワレ。」
国籍不明風の男はふっとため息をついた。
「知ってるアル。コメントスパムスクリプトも試作したあるが、アカウント自体がすぐ削除されて厄介アル。実入りも少ないアル。」
ポマードの男は目を吊り上げた。
「何やとうワレ!ムカツクのう、わしらハミダシもんにゃあアカウント持つのも許されんのかのうワレ」
そうだ。ネット上など所詮泡沫だ。いかにおもしろげな文章や音楽、映像、画像のコンテンツを作ろうとも、いかに電脳世界のお友達同士で仲良くと世界を構築したとしても。アクセス数を見ろ、エロに敵うものがあるか?誹謗中傷掲示板に敵うものがあるか?名無しで著作権違反を繰り広げるものに敵うものがあるか?きれい事ばかりのルールがはびこるこいつら、ムカツク。マジムカツク、超ムカツクのう、ワレ。
ポマード男はパソコンを勝手に操作すると、mixi用スクリプトを立ち上げて書き込みを始めた。クローン的に増やしたアカウントから、自動的に最新のニュースにコメントする仕組み。本文には、こう添えた。
『ミクシィなどネット上の人間関係、情報の行き来は信頼性が薄く感情がないといわれます。』
小声で「死ね」「ボケが」「ワレ」とつぶやきながら操作を続ける彼を横目に、国籍不明風の男は
「またアカウントのクローン増やさないといけないアル」
とため息をつき、ぬるくなったコーヒーを一口。
まあ、なんだ。
現実は現実なんだからそれを前提にして楽しむのが文化であり芸術、ってとこまで余裕のない人々っていやーね、って話。
「最近鬼嫁日記なんてのが流行ってるね」
ドンの字が言った。
そして続けてこう言った。
「鬼嫁なんて生ぬるい!!私は『鬼』を目指す!!」
…なぜか、自分の選択が間違っていないような気がした。