JIMA-DON

ニシジマオさん(自称日曜音楽家)の日常と散文駄文

されど、感謝すべき親

 昨日ドンの字と出かける前。
 母親が「送ってくれないか。朝飯を食べに行きたいんだ」と告げてきた。

 行く先はそこそこ洒落た、チェーンではあるが味に関してはしっかりと行き届いた感がある店。
 「そこで締めにコーヒーをいただくのがいいのよ。最初は、砂糖とミルクを入れてね。そして、その次にお代わりを貰うときには何にも入れずにいて。それがまたいいのよ」
 自分は母に感謝してる大きな事がひとつある。食事、殊更店選びで恥をかいたことがあまりない。折角人を歓待しておいて安っぽい店や見かけ倒しな不味いチェーン店に入ったり、逆に場違いで恥をかいたり・・・ってなことがあまりない。

 学生時分の時オフクロは異様に料理に凝り、パートで働いてた時代があった。そのとき、家に帰って一風変わった料理をこしらえて俺たちによそうときにいつも
 「ここはこういう意図でこういうソースを和えているから、そこを留意して食べてくれ」
 なんていっぱしの料理人風にうんちくを語ってくれたのだが、思えば作品で対話を試みる芸術家肌はやっぱりこの母親から学んだものなあ、やっぱし感謝すべきなんだなあ。そして、そういう視点から「よい料理屋」というモノを見る目も備わった感がある。

 だなんて感慨にふけっていると、不意に母親が告げた。
 「あんた引っ越したら、この車をあんたにやるよ」

 困った、という感情と気恥ずかしい、という感情がどっと溢れ、生返事をしたまんま、母親を降ろしてドンの字宅へと向かった。