JIMA-DON

ニシジマオさん(自称日曜音楽家)の日常と散文駄文

訃報

 広島で、妹や森さんから電話が掛かってくる。

 揺らいだ心をつなぎとめるため、とりあえず呉辺りまで行って引き返そうと決意。終着は呉からいける離島のバス停の終点、ってのはどうかと思い決行。まず宇品の辺りでぼんやり海を眺めながら猫と戯れ(写真左)、倉橋島の南端、鹿老渡まで原付で突き進む。

 路線表を見て「ここだと手軽だ」と思って向かったんだが…いや、甘かったね!見た路線表のバス停の数全然あってなくって、おおよそ4倍近く(苦笑)。省略されたやつ見てたのね。一時間近く、もうちょっとで着く、もうちょっとで着くはず!とか言い聞かせながらついに…到着!(写真中)

 「どこに向かって、どこに行くのか。それがわかっていたら、本当の旅ではない…」

 いや、そうつぶやきたくなるくらいの穏やかな海と緩やかなカーブの先にある小さなバス停。堤防でのんびりしてたら横に手を広げた少女が…あ、劇場版なら自転車か?とかまあオタ話は適当にうっちゃってだな。

 海だ。

 しばらくここでうっとり、そしてぐったり。
 当然だろう、ここまでたどり着くまでの時間。いろんなことを考え、苦しみ、時折涙しそうになり、目的地のない旅という無意味を有意味にしようとただ走ってきた先だからねえ。そこから先への道は実はまだあったのだけれど、まあ最果てのバス停の写真だけが撮りたかったわけだし、と納得して帰る。

 広島の海辺のバス停はどこも絵になっていた。
 瀬戸内海はなんて優しい感じがする海なんだろうか。何枚かバス停の写真を撮って思ったのだけれど、まるで人の住む陸地を優しく包むような感じでそこにあるのです。(写真右)

 ボギーさんの日記見て、ショックを受けました。

 (ここから引用)
今日はラウンジサウンズだったが、開始早々ショックなことを聞かされた。
それは、11/19の「ヨコチンロックフェス」にも出演が決定していた、保波意キヨシさんが先週の金曜に亡くなったという知らせだった。
心臓発作で急死だったということらしい。チンロック出演を本当に楽しみにしていた保波意さん、そして俺もチンロックで保波意さんをいろんな人に見せたかったのに。
あんなに元気でおもろいオッサンが死んじゃうなんて....信じられないよ。
結局先月のラウンジサウンズでのライブが最後のライブとなってしまった。
 (引用終わり)

 金曜日といえば旅二日目、一日じゅう「福岡に帰ろうか、それともこのままどっかに行ってしまうか」と悶々としながら広島をうろついていた日です。

 そして何かとまあ強い衝動(結局彼女は大事ということです)があって結局帰ってきたのですが…やっぱり、こんなことがあったのか…。

 実際は長い付き合いで、4年くらい見かけたら話をする仲だったのです。当時所属していた劇団の稽古場に顔を出しては何かを手伝おうと、あわよくば声がかかるまいかとつかず離れずを繰り返す感じの人だったのです。
 おそらく、自分の表現のステージを必死に探して、(4年前芝居の現場にいた)自分たちと交わろうとしていたのだろうキヨシさん。結局ステージに立つことはありませんでしたが、一回だけ柔軟体操を一緒にしたのを思い出します。

 そして某所でたまーに見かけた、仏頂面の昼の顔のキヨシさんの辛そうにタバコを吸う表情。そんなところに二人連れで遭遇して、ドンの字に目を細めて「ほう、彼女」と言ってくれたキヨシさん。

 あの日のラウンジサウンズは忘れられない。気になる出演者、53歳歌って踊るアカペラ歌手ってどんな人…と思い、開演直前のラウンジサウンズに(その日はリハは飛ばしたのだ)ワクワクしながらコヤ入りするとそこに、派手な衣装を着て歌詞カードを準備するあのおやっさんが。そういやあのおやっさんの下の名前は…キヨシ、キヨシだ!まさか、あんただったのか!

 …そして、最後の最後に、俺と同じステージに立って大化けして、そのまま昇って行ってしまいました。年齢からするとこれが最後という年でもないのに…。神様はあれを最後にしてしまっただなんて。

 追悼はステージで、絶対に。
 とりあえず11/3をがんばります。