はじめての月命日
はじめての月命日の夜。
隣の部屋からはカミさんの辛い咳の声は聞こえなくなったが、代わりに雪のように孤独感のこもった静寂が聞こえてくる。
普通にご飯を炊き、普通に味噌汁を作り、普通に料理。テレビを観る。思い出はいっぱいある。「ごはんよー」の声からはじまりどんと出される手馴れた料理。洒落たメニュー。安い食材の調達からはじまり、クックパッドと街で見つけた見知らぬ調味料を使って冒険。しかしカミさんに失敗はほとんどなかった。
一度だけ賞味期限の切れた鯖を出されて盛大にあたったことがあるが、それはもういい思い出。あの時は危なかったな、指先からずーっと冷えていく感触がしてだなあ…
と、死んだ人に死に掛けた思い出を話したところで「そんなんじゃ生ぬるいわ!」と鼻息荒く一蹴されるんだろう。
彼女に出来たことは「あの死の病の恐怖と闘いながらも普通に生活すること」で、それだけでもやっぱり偉大だったのだと思う。自分はこれから何をすればいいんだろう。もてあましている部屋、もてあましている彼女の遺品たちの整理。考えなきゃいけないことは山ほどある。いくつかは自分が着る事になるだろうTシャツやズボン。実際たまに間違って着て出かけてあとで気付いたものもあったっけな。
四十九日まで、カミさんの部屋で晩御飯を食べ何かテレビ番組をチョイスする、といういつもどおりの生活を心がけている。よくよく考えれば夢のような8年半の同棲〜結婚生活だった。この夢はここでおしまい、で都合よく人生は終わってくれない。現実はなんて非情なのだろう、思いは募る。やっぱりカミさんが作ってたチョコレートって凄かったんだな、と日曜に3作目のものを作って思った。